魚津ライブラリ
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桃原寺(水噴きの龍)
火事を知らせる不思議な龍に守られる寺
浄土真宗本願寺派慶谷山桃原寺は口承によれば、1,000~1,200年ほど前に遡ると言われ、創建の地とされる医王山(富山県と石川県の県境)には「桃原寺」という地名が残っています。その後、その後早月川上流の虎谷、角川下流の慶野から現在地へ移ってきました。永正7年(1510)虎谷の地に仏閣があったころに真言宗から浄土真宗へ改宗しました。
本堂内陣の欄間には魚津市指定重要文化財に指定されている龍の彫刻があります。この龍が水を噴くと火事があるという言い伝えがあり、火災を予知し、水を噴くことで寺をお守りしてくれていると崇拝され、『水噴きの龍』と言われています。しかし、時々暴れ回って田畑を荒らして人々を驚かすので棕櫚縄で縛りつけて動けないようにし、左目に五寸釘が打たれています。昭和18年(1943)、昭和31年(1956)の魚津大火にも桃源寺が焼け残ったのは、この水噴きの龍のおかげといわれています。
水噴きの龍はお寺の本堂の中にあるので、扉の鍵が開いているときにだけ見られます。現在の建物は、部分的な増改築がなされているものの、江戸時代後期に東弘寺(高岡市)の伽藍(がらん)の一部を移築したと伝えられています。
水噴きの龍の作者だと言われている左甚五郎は、落語や講談で有名な江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人ですが、地元の大工に腕の良さを妬まれて右腕をきりおとされたため左という姓を名乗ったという説や飛騨の甚五郎が訛ったという説がある他、左甚五郎作と伝わる掘り物は全国に100か所近くあり、制作年間が300年にも及び出身地もさまざまであるので、左甚五郎とは一人ではなく各地の腕利きの匠たちの代名詞だったのではないかという説もあり、実在の人物かどうかも疑われています。
山門も飛騨の名匠の作といわれていて、本堂の入口と山門が微妙にずれているのは敵からの攻撃の矢が当たらないように、との工夫からと言われているそうです。
Information
場所 | 富山県魚津市新角川2-6-4 |
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交通アクセス | 滑川ICより 車で7分 魚津ICより 車で7分 あいの風とやま鉄道魚津駅より 車で7分 |
市民バス | 巡回ルート、松倉ルート:県総合庁舎前 |
文化財指定など | 水噴きの龍 市指定美術工芸品(昭和38年4月1日指定) |
運営主体 | 桃原寺 |
その他 | 【施設・設備】撮影スポット |
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